来日する前、私は自分を完璧主義者だと思っていた。しかし、京都で過ごした初めての夏、日本語チューターが手帳を取り出してネズミも読めないような小さな字で次に会う日を書き込むのを見たとき、私は自分が思っていた程の完璧主義者ではないことに初めて気づいたように思う。 それから5年が経った2017年。日本に戻った私は、修士課程2年目で日本の伝統的な木工芸に着目した木製家具を作っていた。「ああ、これはいけないな。こんな適当な作業じゃ卒業出来ない…」 これはボール盤で穴を開けるところをマークするときに0.4mmずれてしまって、継ぎ目が合わなくなってしまったときの私の言葉である。もしあなたが完璧主義者になりたいなら、ミリで図ることをお勧めする。1インチの32分の1、なんて言ってはいけない。 なぜ私がこれほどまでに成長したのか?それは言うまでもなく、4年間日本に住んだおかげである。アメリカでのクラスメートに完璧主義者と呼ばれた私が、スペインでのクラスメートに「トランキーラ(もうちょっと落ち着いたら?」と言われた私が、日本人にとっては「適当」になってしまう。これまで全然完璧さの意味がわかっていなかったことに気づかせられた。毎日日本の「完璧」の理想に囲まれたおかげで、美しく機能の優れたプロダクトを作る際に必要な丁寧さやこだわりの持つ大事さに気づかせられた。この経験のおかげで、平凡なものと質の高いものの違いがわかるようになったように思う。 「ジャパンクオリティー」とよく聞くが、表現だけではない。無印良品の協力で参加したデザインプロジェクトでは「丁寧さ」がテーマであったほど、日本では丁寧さが非常に大事にされている。そういった文化の中で、優れた品質のものが作られていることはびっくりすることではない。石谷家具など、日本の職人のレベルに全然届かない私だが、これから改善できるように頑張ります。日本での4年間、本当に「完璧」の勉強になった。
1 Comment
SHUN NAKAMURA
10/9/2021 08:43:52 pm
とても日本語が上手で驚きました。次のブログ楽しみにしています!!
Reply
Leave a Reply. |
|